中古車の検索をするのなら

企業というものに盛衰はつきものとはいえ、余りの変りように目をみはり・・・


企業はいったんはずみがつき始めるとこんなにも変るものかと思ったものです。


しかし、アイアコッカ会長がクライスラー社の損益分岐点を半分に下げたと胸を張るこの奇跡の復活も、4万人以上に上る大量解雇・・・


そして、部品メーカーのマージンや支払条件の切下げ、労組の賃金譲歩、金融機関の協力といった多くの犠牲の上に成立っています。


アイアコッカが本当に奇跡を呼べるかどうかは、これだけの多くの犠牲の上に築かれたこれまでの徹底した合理化の成果・・・


これを、1985年以降(Kカー以降)の新車開発に結びつけることができるかどうかにかかつています。


中古車の検索サイトなどが増えたいま、このようなことがますます重要になってきているのではないでしょうか。

マツダの中古車に乗って

デトロイトが我が世の春をおう歌していた時にも何度も大赤字を出し、経営危機を迎えては、立直り・・・


そのたびにジャーナリズムはセンセーショナルにカムバック・ストーリーを書きたてました。


わたし自身、1981年のまさにドン底の時のクライスラー本社の情景と、83年春に再びマツダ 中古車に乗って訪れた時の同じ本社の情景のコントラストをまざまざと思い浮かべることができます。


81年の春のクライスラー本社といえば、駐車場に殆ど1台の車もなく、役員室の廊下はシンと静まり返って無気味な位でした。


どの役員室も殆ど空っぽでセクレタリーの姿も見られず、正面のペンタスターのマークだけが、かつての栄光を象徴するかの如く蒼白く光っていました。


会見した氏は、自分で廊下に行ってコイン自動販売機からコーヒーを買って来て、振舞ってくれる有様でした。


それが次に訪れてみると駐車場は車であふれ・・・


役員室は大勢の人の往来とセクレタリーのタイプの音が入り乱れ、2年前がまるでウソのような活気があふれていました。

中古車の情報が増えて・・・

戦車製造部門をゼネラル・ダイナミックスに売却した臨時利益があったとはいえ・・・


1982年には12月のカナダ工場のストライキでの臨時損失1億ドルを出してなお、1億5000万ドルもの利益を計上できたことは、同社がほぼ完全に黒字体質になったことを示したといえます。


同社の株価は、1982年初め、3ドル50セントから18ドル62セントへと急上昇。


この頃から少しずつ、中古車の情報が増えはじめています。


同年3月29日発売された新発行の普通株2600万株は、わずか2時間で売切れたといいます。


この株式発行は経営危機の際に背負い込んだ債務解消のために行われたものです。


銀行からの債務を株式買受権証書と転換条項付き優先株に切替えていたものを、普通株の時価の上昇時に合わせて普通株への転換をはかったものであるといいます。


つまレクライスラーに貸しこんだ銀行はこの株価の値上りで利益をあげ、半ば絶望的だった債権の回収ができたことになります。


クライスラー自身も自らの金銭的負担を4億ドルあまり減らしたことになり、株式市場のしくみを巧みに使った財務調達の好例として記憶に残ることになるでしょう。


・・・しかしそれにしても、この会社ぐらい盛衰と浮沈の激しい企業は珍しいものでした。

グローバルな技術戦略

グローバルな観点からは、アメリカのように国際化の種まきから苗を育てる段階に入った地域と、アジアのように国際分業化の種まきをして未来に備える地域と・・・


このようなニ本建ての国際化戦略の構築が、国際化時代にこれから生きていこうとする日本の自動車産業の緊急な課題ということになるでしょう。


そしてこのようなグローバル・ストラテジーこそ、脱成熟時代にふさわしい日本の自動車産業(マツダ 中古車なども含む)のグローバルな技術戦略を有力な核とするものでなくてはなりません。


自らの挑戦によって世界の自動車産業の脱成熟化の契機をつくり出した日本自動車産業の活路を象徴するものであることは疑いないのです。


さて、クライスラーの再建が最近いろいろとジャーナリズムをにぎわしていたころ・・・


1980年30億ドルもの累積赤字を出し、15億ドルという空前の債務保証による政府救済を受けてかろうじて倒産をまぬがれた企業がこんなに早く黒字転換しようとは、当時は何人も予想できないことでした。


国際化戦略の可能性

国際化については、日本の有力輸出産業である鉄鋼や家電の例をまつまでもなく・・・


相手国に根をおろすためのその地域の実情に応じた多様な形態の国際化路線を追求する必要があるでしょう。


その国際化戦略の枠組みには、欧州におけるVTRのケースのような産業協力的性格のものも将来含められてくることもありえるでしょう。


しかし当面の課題が、国際化の主戦場であるアメリカでの現地生産を一刻も早く軌道に乗せることであることは論を待たないのです。


未曽有の高収益を回復したデトロイトは今年で長年の足かせとなっていた燃費規制が一段落し、未来をにらんだ新たな戦略展開に移行します。


中古車情報の多いアメリカ現地での競争もいっそう厳しくなるでしょうし、将来の市場動向如何では保護主義の再燃もありえないことではありません。


現地生産を軌道に乗せると同時に多様な内容の国際化戦略の可能性を追求することが求められます。


自動車産業国際化時代

自主規制が続くとしても、自主規制分にこれだけの台数が加わることになれば、ローカル・コンテント法その他の保護主義的規制に発展しないという保証はありません。


これは、マツダ 中古車などにおいても同様でしょう。


また他方において現地生産の拡大は、どの程度までコスト採算を品質水準との関連で保証できるかという問題もつきまといます。


・・・要するに、目先だけの摩擦回避は決して容易ではないのです。


勿論それだからといって現地生産をいつまでものばすことが得策でないことも事実です。


となると現地生産にも自動車産業国際化時代にふさわしい戦略的枠組みが与えられなくてはなりません。


その場合、その枠組みは特定国のメーカーが多国籍化するということにつきるものではなく・・・


他国メーカーとの技術提携やコンポーネントの相互供給、相手先ブランドによるOEMをめざす共同生産や業務提携・・・


さらにはコンポーネントなどの地域間分業生産の拡大など多様な可能性を含むものでなくてはならないでしょう。

中古車の供給量

自主規制そのものはデトロイトが再生を果たしたことと自由貿易の原則に照らして早晩撤廃さるべきものではありますが・・・


いっきょに撤廃されるとき、国内の過当競争がそのまま輸出されて、ドル箱である対米輸出の収益性にまでヒビが入ることも考えられなくはありません。


しかし日米間の貿易不均衡という政治がらみの貿易摩擦が続く限り、そして日本の産業の中でも競争力の強い自動車産業にプレッシャーがかかることは避けられないという事実がある限り・・・


自主規制は簡単に全面撤廃というわけにも行かない状況におかれています。


80年代に入ってあれほど対米進出をためらっていた日本の自動車メーカー各社が、ここに来て進出の形態こそ違え現地生産に本腰を入れて取組むようになったのも・・・


摩擦回避という直接的な動機が強く働いているからであることは明らかです。


・・・このように現地生産が急速に拡大すれば、自主規制で抑えられている中古車や日本車の供給量の不足をカバーすることは事実です。


しかし、1985年4月正式に発表した三菱を含め5社が本格的に現地生産に踏切ることになれば、4年を待たずして年間100万台もの現地生産車が出現することになります。

過当競争体質の問題

世界の自動車産業の間の競争はますます厳しくなるでしょうし、マツダ 中古車のような中古車も豊富になるでしょう、貿易摩擦の問題もまだまだ長く尾を引くことは確かです。


極めて緊密な協働システムを形づくってきている日本の産業社会や日本的経営にもきしみが生じ・・・


これが日本の自動車産業の競争力に影響する事態も考えられなくはありません。


日本の自動車産業だけをとってみても、労使関係のあり方をめぐって、自動化の行方や労働条件の舵取り如何ではきしみが生じないとも限りません。


また、部品メーカーとの協力関係についても、不協和音がないわけでもありません。


さらに日本の自動車メーカー間の海外、国内を問わない過当競争体質についても問題がないわけではありません。


とくに国内では、販売システムが硬直化した中でシェア競争の過熱による販売効率の低下や販売秩序の乱れがみられ・・・


生産の分野の生産性に比べて流通・販売の生産性はずっと低くなって、日本の自動車産業のアキレス腱となっている感すらあります。


4年続いた対米乗用車輸出の自主規制によるカルテル効果で上がった利益や為替差益が国内販売の過当競争によるロスをカバーしたとはいえ、いつまでもこのような状況が続くかどうか問題です。

脱成熟化へ向けて


確かに現状では新鋭設備や設備投資規模ではデトロイトに太刀打ちできない面もありますが・・・


周辺産業や関連産業の技術力をも巧みに取入れたハイレベルの工程技術こそ、当面の日本の競争力の源泉であり続けることになるでしょう。


その点では日本の自動車産業は、すぐれた素材産業や部品産業を周辺に抱えているだけでなく・・・


脱成熟化に必要不可欠のエレクトロニクスや、新素材などの産業の競争力と応用性の高い技術力を巧みに吸収できるという有利な条件を有しています。


日本の産業社会全体の高度技術と情報化へ向けてのダイナミズムを持続することが可能である限り・・・


中古車検索方法が増えたいま、日本の自動車産業はその恩恵を脱成熟化へ向けて大いに被ることができます。


このような産業のダイナミズムには相乗作用があるのです。


もし心配があるとすれば、そのようなダイナミズムや産業構造の活性化が失われた場合でしょう。


このように「日本の挑戦」によって世界の自動車産業に脱成熟化ののろしを上げた日本の自動車産業ではありますが、その前途がすべてバラ色であるというわけでは決してないのです。


日本の再挑戦


ハイテク時代、情報化時代にふさわしい日本の挑戦を持続させる条件・・・


つまり日本の自動車産業の競争力を占う上での最大のポイントは、依然として教育水準の高いすぐれた労働力による安定した労使関係と、ハイレベルの工程技術なのです。


業績回復の目覚しいデトロイトや失地回復に懸命の欧州自動車メーカーが、こぞって思い切った設備近代化・・・


そして、自動化と労使関係の改善や日本の部品調達システムやQCサークル活動などを導入しつつあるとはいえ・・・


当面投資に金をかけるだけではギャップを解消できないのは、労働力の陶冶やこの労使関係の領域です。


確かにデトロイトの減量経営の徹底と投資減税を活用した設備の近代化、そして研究開発投資の増強ぶりは目を見張るものがあります。


欧州自動車メーカーの設備の近代化や自動化率の向上は目覚しいし、その限りでは欧米の日本への再挑戦が始まっていることは事実ですが・・・


知能水準の高い労働力の陶冶と労使関係の改善には、少なくとも数年以上かかることは明らかです。


そして、そのこともあって自動化のやり方や設備に対する金のかけかたの大きさでこの難点をカバーしようとしているのです。


したがってハイテク時代に対応したハイレベルの工程技術の水準を高めつつ安定した労使関係を構築することは、マツダ 中古車などを含む日本の自動車産業にとって至上命令であるといえるでしょう。